境界かつ限界

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健忘症の備忘録

横浜市いじめ問題 「いじめ認定は困難」で正解だと思うのですが。

雑記 ニュース

横浜市いじめ問題からインスパイアされたこと

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いじめの問題が起こるたび、学校や教育委員会が猛烈な非難を浴びるという構図が定型化されています。行政は本当にたたきやすい存在です。だって、とりあえず行政と政治をたたいとけば一見誰も傷つかないし、自分を偉く見せられるし、うっぷんがはらせますから。

 

今回も「いじめの認定は困難」といっただけで、あたかも「いじめがなかった」といったかのように取り上げられ、ぼろくそに言われてますw いじめがなかったなどとは言っておらず、あくまでも加害者が「おごってもらった」と主張している以上、金銭の授受の行為については「おごるおごられるの関係」かもしれないし「いじめ」かもしれない、判断できませんといっているにすぎないのにです。

 

自身の少年時代を振り返ってみると、今回のように大きなものではないにせよ、自分の周りに、いじめ?に近いものは存在しました。しかし、はたしてそれがいじめだったのか、いじりだったのか、子供同士のじゃれあいだったのか、はいまだにわかりません。どこで線引きするか結局のところ、それを感じている当事者同士が主張し合うものなので客観的で決定的な証拠がない限り一概に判断できないからです。

 

そんなことを考えて、自分の少年時代を下記に、ほぼ実話ちょいフィクションで回顧してみました。

子供の日常風景

 僕がが小学4年生のころA君が転校してきました。同じクラスのB君はお調子者でスポーツ勉強も万能のため、僕たちのグループの中で一番の人気者でした。B君がA君に積極的に話しかけたことがきっかけでA君も僕たちのグループの輪にはいりました。Aくんは東北地方からから転校してきたので、言葉遣いが僕たちとは異なり、最初はみんな真似してみたりからかったりしていました。でも、A君も負けじと言い返し、少しづつ僕たちのグループに溶け込んできました。

 ある日、放課後いつものメンバーでケイドロをしていた時のことです。メンバー7人のうち2人が警察、5人が泥棒でした。A君が来る前は2人と4人に分かれていて、ゲームのバランスがちょうどよかったのですが、A君が参加するようになって少し警察側の負担が大くなっていました。じゃんけんで、A君と足の遅いC君が警察になりました。僕たち泥棒側はこれは面白くなりそうだとワクワクしていました。ただでさえ泥棒側に有利な人数設定なのに、足の遅い警察側から逃げ続けられるという期待感でいっぱいだったのです。案の定、A君とC君は大苦戦でした。捕まえても捕まえても、牢屋から出てしまい、30分以上経っても終わりそうにありませんでした。完全に鼬ごっこでした。警察チームはずっと走り続けていたのでへとへとになってました。捕まえてもキリがない、いらだちと焦りで、半分泣きそうにも見えましたが、僕たち泥棒チームはそれが面白くてしかたがありませんでした。と、その時でした。A君が突然、踵をかえし泥棒を追いかけるのをあきらめ、どこかへ立ち去ってしまったのです。僕たちはしばらく何が起こったのか理解するのに時間がかかりましたが、A君は家へ帰ってしまったのだということに気づきました。ゲームが成り立たなくなった僕たちは、完全にしらけてしまいました。特にC君は一生懸命頑張っていたのに取り残されてかわいそうだということで、みんなA君に対して腹立たしい気持ちでいっぱいでした。僕たちはA君はなんて卑怯なやつなんだと思いました。

 別の日のことです。いつものグループで遊んでいるとき、僕とA君はお互いの自転車を交換し合いっこしました。いつもとは違う乗りなれない自転車で公園へ向かっていました。すごくきつい坂道を上がっていたとき、B君がふざけてA君のハンドルを握り、A君にB君の自転車を引っ張らせる形をとろうとしていました。遠目でそれを見ていた僕は、じゃれ合ってるなとしか思っていなかったのですが、突然、A君がB君に対して「やめろ!」と言って殴りかかりました。B君はすぐさま反撃し、A君の肩をグーで殴りました。急所に入ったのかどうかわかりませんが、A君は泣き出しました。そして、B君に対して何らかの暴言をはいたあと、そのまま、Uターンし、上っていた坂道を猛スピードで下り始めました。しばらくみんな呆気に取られて、呆然と眺めていました。「待てよ!」と何人かが言いましたが、A君はどこかへ行ってしまいました。自転車を交換していた僕は、僕の自転車をA君がどうするのかすごく心配でしたが、どうすることもできず、僕はA君の自転車に乗ってそのまま公園へ行くはめになりました。公園で遊んで、みんなで家に帰る途中、僕の自転車が道端で横たわっているのが目に入りました。ああ、A君が乗り捨てたのだなと理解すると同時に、なぜこんなことをするのかとA君に対して腹立たしい気持ちでいっぱいでした。みんなも僕の気持ちに共感してくれたようでした。僕たちはA君はなんて卑怯なやつなんだと思いました。

 ホームルームの時間で学級委員を決めなければならない時のことでした。女子の学級委員はすぐに決まったのですが、男子のほうは誰一人として立候補者はでず、みんな学級委員にはなりたくないという雰囲気が漂っていました。あみだくじかじゃんけんで決めればいいのではないかと誰かがいいました。しかし、先生は「学級委員はそういう風にきめるものではない、誰かが自主的に立候補するか、ふさわしいものを推薦するかだ。」といいました。するとA君が突然、何を思ったのか、「D君がいいと思います。」とD君を推薦しました。D君はクラスで一番勉強のできる真面目な子でしたが、おとなしい性格で学級委員に向いているとは私は思いませんでした。本人も嫌そうにしていました。そもそも、こういう場面で特定の人を推薦するというのは子供たちの中でタブーであることは自明の理でした。そんな暗黙の了解を破ったA君を僕は許せませんでした。「では、言い出しっぺのA君がすべきではないでしょうか。」と僕は言ってやりました。A君は一瞬驚いていましたが「無理。絶対無理。」という感じで本当に嫌がっていました。にっちもさっちもいかず、しびれを切らした先生が「じゃあ、あみだくじで決定することにする。絶対に誰になっても文句を言うなよ。」と言って、結局あみだくじになりました。誰しもが緊張のなか、自分の名前を書き込みました。大興奮に包まれながら結果を見てみると、なんとA君が大当たりを引いてしまいました。A君はまさかの結果に顔を真っ赤にし今にも泣きだしそうになっていました。先生が「A、大丈夫だな。」と声をかけるとA君が「無理です。できません。」と言って涙を流し始めました。その様子をみて笑う子たちもいれば「決まったんだから。文句を言うなよ。」と怒る子たちもいました。それでも取り乱しているA君をみて、先生は「誰か立候補するやつ本当にいないか。Eはどうだ。」といいました。確かに、E君は活発なタイプで学級委員にも向いていると思いました。E君は先生から名指しされて、断れる雰囲気ではなかったこともあったのか「別にいいですよ。」と言って学級委員を引き受けることになりました。僕たちはA君はなんて卑怯なやつなんだと思いました。

 A君と出会って半年以上が過ぎ、だんだんA君に対するみんなの態度が冷たくなってきているのを感じていました。A君をグループの遊びに誘うことも少しずつ減ってきていました。放課後、いつものグループでゲームセンターに行く約束をした日のことでした。その日はA君を誘いませんでしたが、ゲームセンターで遊びに行くということを小耳にはさんだA君が、俺も行きたいというのでみんなで行くことになりました。ゲームセンターでは、当時流行っていたタイムクライシスというシューティングゲームをB君とA君が協力プレイしていました。そのシューティングゲームはストーリー形式でキャラクターが死ぬと100円でコンティニューできます。B君は300円しか持っていなかったので3回キャラクターが死ぬとすぐにゲームを続けられなくなりました。そこでA君が「俺の使ってよ。」と言って100円をB君に渡しました。B君というクラス一番の人気者に取り入っているのがはた目から見ても明らかでした。それが何度も続き数千円分に達していました。B君はA君におごってもらっている後ろめたさを少しは感じているようにみえましたが、普段の力関係からA君におごってもらってもかまわないという思いもあるようでA君のお金を使うことをためらいませんでした。A君は自分のお金(当時の大金)があっという間になくなっていくことに焦りを感じていたと思いますが、口には出しませんでした。後ろで見ていた私はどんどん減っていくA君のお金をみて「人のお金をそんなに使うことは許されない。」とわかっていましたが、その場の雰囲気で何も言いませんでした。結局7千円近くA君のお金を使ってしまったB君ですが、もちろん返すわけもなくそのことには触れないでおこうという感じでした。後日、お小遣いを大量に使ってしまったことが親にばれたA君が親に話した内容は、「B君に使われた。」ということでした。その後A君とB君との保護者の間で話し合いがもたれたそうですが、詳しい内容は僕は知りません。 

まとめ

さて、これは私の少年時代のほぼ実話であり、現代のいじめ問題の寓話でもあります。この話はいじめの話なのでしょうか。当事者であった私が大人になった今でもわかりません。私自身はいじめではない切ない思いでと思っていますが、、、

 

横浜市のケースは私の思い出とは全然規模も内容も異なるとは思いますが、いじめの認定が困難であるという点については同じだと思います。繰り返しますが、いじめの認定に困難を伴うのは、子供同士の関係が一概に加害、被害に二分できるものではないケースがあるからなのです。まして、子供たちの不確かな証言をもとに外部からそれを判定することなどきわめて難しいのです。

いじめであると公式に認定されてしまえば、加害者側に損害賠償責任が発生しますから、教育委員会が「いじめかどうかはわからない」と判断するのはしかたがないと私は思います。

 

(※ちなみに横浜市のいじめ問題が私の体験と同じに違いないと言いたいわけではありません。あくまでも外部から知りえないことが多いということを言いたいだけです。)